僕の傘を探しに

26歳OLの雑記

現実はドラマのようにはいかなかったけれど

次に会ったのはしゅうたの地元だった。

本当は次は立川にある昭和記念公園で紅葉を見る約束をしていた。

しかし口頭で約束をしたものだから、お互い認識している日が違い、なんだかんだで次に会うのは2週間後になった。

彼は1週間前の日曜日だと思い込んでいたようだ。1週間誤って空けてしまっていたらしい。

なぜか私はそこに引け目を感じていた。きちんと日程を確認してたらそんなことはさせなかったはずだったのだ。

そこで私は「ねえ、今日空いちゃったなら会おうよ!しゅうたの最寄りまで行くから!」そう言った。

向こうは遠いだろうから新宿集合で良いよと言ってくれたけれど、私はいつも新宿まで来させて悪いと思っていたのでその日は頑張ってしゅうたの地元へ向かうことにした。

仕事から家に戻って慌てて化粧をし、財布のレシートを整理し、新しく購入した鞄と靴、上着を羽織って家を出た。

どこからどう見ても、THE彼女のような服装だった。夜からし会わないのに、鞄も上着も変えるなんて、随分な張り切りようだ。

新宿駅に着き、普段は全く乗らない路線に戸惑いながらなんとか電車に乗った。
到着するまでしゅうたの地元はどんなところなのだろう、と想像するとドキドキとワクワクが止まらなかった。

小さな鞄には本などはいるはずもなく、スマホと財布しか入らなかった。
スマホを開き、何か暇潰しにでも見ようかと思ったが、なんだかソワソワしてしまってなにも調べる気になれなかった。
次第に眠気が襲ってきて、少し座って目を閉じていると、あっという間に到着した。

事前に言われた改札まで向かい、合流した。

彼の地元は落ち着いた感じの住宅街だった。
しゅうたは数件夕御飯を食べられそうなお店を教えてくれた。

言われるがまま、雰囲気の良さそうなイタリアンのお店に入った。

その日のしゅうたはこれまで以上に思考が停止しているように見えた。
普段からあまり考えず話している感じだったが、その日はそれまで以上に上の空だった。

それに、会話の節々で意味の分からないことを言ってくる。
「ももちゃんは、一度心を開けばあとはいけるタイプだと思う」

確かに人見知りで、人に心を開くまでには時間がかかる方だ。
いけるって、もしかしてもっと仲良くなるということだろうか。

「今日なんだかぼーっとしてる?もしかして疲れてる?大丈夫?」
「いや。大丈夫」

そのときの私には意味が分からなかった。
今思えば、私を家に誘う算段をたてていたに違いない。

そんなこんなで食事を終え、店を出た。

会計は、彼が出すよといってくれたが、前回夕飯をごちそうになったので遠慮して私が支払った。
クレジットカードを無理矢理彼の財布にしまわせる姿を見て、店員さんたちは穏やかに笑っていた。

前に貯金があるなら割り勘ねと言ったしゅうたが払うと言った理由すら、大方予想がつく。
私を家に誘うから少しカッコつけたかったのだろう。
わかっていても支払ってくれること自体はありがたい。興味のない相手にお金を出したがる男性などこの世にいないことは理解しているつもりだ。


次の日も仕事だったので、そのまま帰るつもりだった。
でも「少し散歩して帰ろうか」と言われた。

まあ少しだったら良いか。「いいよ」とだけ返してしゅうたの地元の商店街に向かった。

とはいえ、夜21時近かったので、閉まっている店も多い。
当たり障りのない会話をしながら、しばらく歩いた。

どう見ても駅から遠ざかっているし、しかも寒い。
「ねえ、寒い」
「そんな寒いのに申し訳ないな。どっか中入る?駅引き返す?」

「…いや、大丈夫」
せっかく連れてきてもらったし、もう少し一緒にいたいな、くらいの気持ちだった。

時折会話の中で「俺の家遊びに来る?」と聞かれた。
私も一応大人だ。小学生のように本当に遊ぶだけでは終わらないことなど分かっている。

その度に「家は行かない。その前に今日は帰る」と返すだけだった

一度断られてもしぶとく誘ってくるのを見ていると、以前メンタルが弱いと言っていたのが嘘のように感じてしまう。
大分鋼のメンタルをしていると思う。


もう少し歩いて、「うちでお茶しない?新しく買っておいた食器があるから、紅茶でも飲もう」と言われた。

絶対にお茶で終わるわけがない。
でも、付き合ってから手をつなぐ
くらいしかしておらず、少し寂しく思っていた。
冷静に考えてみればまだ付き合って2回目のデートだったし、そこまで焦る必要などなかったのに。

まあ、キスくらいで終わるだろう。それくらいなら別に困ることもあるまい。
それにしゅうたがどんな家に住んでいるのか興味があった。


だから「いいよ。しゅうたの家気になるし!」と返した。

「じゃあ、俺の家この先だから行こうか。」と言われた。

先なんかい。
私、家に誘導されてたのか。大分策士じゃない?

今思うと脚本家が書いたのではないかと疑うくらいの出来だ。

予め食器も紅茶も用意されているなんておかしい。しゅうたの家に向かう途中の商店街を散歩していたのだっておかしい。
その場の流れでここまでできないだろう。

この日の彼は驚くくらい用意周到だった。

ちなみに今日に至るまでこれほど彼が用意周到だったことなどない予めなにかを準備したりなんてしない。

いつもはもう少しいい加減だ。

「エッチなことがしたい」と一言言うだけなのに、なぜこうも回りくどいまねをするのだろう。
私は少し呆れていた。
本当に世の男性は大変だと思う。

彼の家は確かに男性の独り暮らしにしては綺麗だった。
社会人になって上京してからルームシェア、一人暮らしをしているので大方家事はできるとのことだった。

だだ、私が現段階で確認できているのは掃除の実力くらいだ。
料理はまだ確認中なので彼の「できる」の程度など知る由もない。

大きな紺のソファに言われるがまま腰かけて紅茶ができるのを待った。

彼の家は電気FHがあり、私の家より温かかった。
いつもしゅうたの家に来るとなにもしなくても温かい部屋で温かい飲み物が出される。
拾われた捨て犬のような気持ちになってしまう。

まあ単に私の家が寒すぎるだけかもしれない。
それに実際に私は捨てられ
たのではなく、自分から実家を出ている。
捨てられてないのに、不思議とそんな気分になってしまうのだ

別にテレビをつけるわけでもなく、居間で一人用のテーブルを囲んで一緒に紅茶を飲んだ。
このときベラベラ話した記憶はない。しばらく静寂が流れた。

ある程度飲むと、何故か2人でソファに座った。
いや、理由など決まっている。

今思えば彼はそわそわしていた。ソファに座ってからは特にそわそわしていた。

まあ、キスくらいなら…と思っていた私もきっとそわそわしているように見えただろう。
恥ずかしくてしゅうたの顔など見られなかった。

さすがにこの後のことを詳しく書くのは憚られる。

「俺のこと、好き?」と聞かれた。

できればその質問は私がしたかった。

いかにも女子がしそうな質問だからまさか向こうからしてくるとは思わなかった。
それに、この時点で今ほどしゅうたが好きだったかと言われると、正直そ
うではなかった。

自分がどう思っているのか、
全く知らない異国の文字で書かれた物語を読んでいるときくらい分からなかった。

でも、この状況で正直に答えるわけにはいかなかった
付き合っているのに分からないと答えるなんておかしいにもほどがある。

今思えば私は自分の好意をペラペラと口に出せる男性としか付き合って来なかった。
しゅうたもきっと自分のことを話すのが得意なのだと思っていた。得意だけれど、あえて私にはしてくれないのだと勝手に思い込んでいた
別にしゅうたを悪者にしたかったわけではなく、そういう男性しか知らなかったので仕方がない。

だから、しゅうたが本当に私のことをこれからも好きでいてくれるのか、それとも体の関係を持ちたくて付き合ったのか、もしくは一ヶ月後のクリスマスの予定を埋めるためだけに告白したのか、分からないと思っていた。

分からないなら、聞けば良かったのだ。

でもこの時点では私の不安は漠然としすぎていた。自分でも、自分自身が何を望んでいるのか分からなかった。

分からなかったから、少しの沈黙の末「うん」とだけ答えた。
そうするしかなかった。

しかしこの日は初めての2人きりのお家デートの日になってしまったのだ。言うまでもなくキスだけで終わるわけがない。
が、私側の都合によりこの日は上半身のみで終了した。ちなみに彼がすっきりするまで付き合ったことは言うまでもない。
彼側のすっきりなど二の次だったが、さすがにその気にさせてしまったのにこれで帰るのは申し訳ない、という気持ちでサービスしたつもりだった。


向こうは泊まってほしそうにしていた。でも私は冷静に「明日仕事だから帰る」と言った。
しゅうたが泊まってほしそうにしたことなどこの日以外にない。

なぜなら、私たちは2人一緒にいると一睡もできないからだ。

これがドラマだったなら、このあとお互いがいる安心感からぐっすりと眠りについていただろう。

残念ながら、現実はそこまで甘く、ドラマチックではない。

本当に、残念ながら。