物足りないくらいがちょうどいいなんて嘘だし、いつだって満たされていたい
物足りないくらいがちょうどいいだなんて、誰が最初に言い始めたんだろう。
そんな考え、くそ食らえ。
久しぶりに夜更かし、いやほぼ徹夜をした。
土曜日。
午後からいつもの如く彼氏であるしゅうたと新宿で集合し、そのまま伊勢丹へ行った。
オードブル、寿司、お酒、ケーキを買い、そのまま家へ。
帰り道、電車の窓に反射して私たち二人の姿が写った。
そこにはおめかしした私と、普段通りのしゅうたが写っている。
くっついて座る私たちは、周りからどう見られているのだろう。
いや、周りは私たちのことなど見ていない。
全く気にもされていないだろうし、なんならこんなところでお互いもたれ掛かって座るなんて、バカップルだと思われているだろう。
そんなこんなで家に着き食事を済ませた後は言うまでもない。
しゅうたといると半日が一瞬で過ぎる。
我ながらそんなにも性欲があるなんて恐ろしい。
次の日は仕事だった。
仕事だが、もう少し一緒にいたかった。
いつもそうだ。
別れ際名残惜しそうなのはいつも私だけである。
彼はいつも疲れているのか、冷静に「もう帰りな」と言うだけである。
しかし、これはしゅうたと一緒にいるときだけでない。
誰とていても別れ際は名残惜しい。
友人と旅行に行き、あまりの名残惜しさにいつも一緒にご飯まで食べてから解散したいと言ってしまう。
食事も腹8分目が良いと言うが、いつも腹10分目まで食べてしまう。
恋愛も遊びも、物足りないくらいがちょうど良いというが、私はそうは思わない。
なぜたまの休みなのに全力で遊んではいけないのか。
明日仕事があると徹夜してはいけないという法律がいったいどこにあるというのだ。
休みの日まで次の日の仕事のパフォーマンスなんか考えて溜まるか。
私は腹8分目という言葉など知らない。
私のなかの辞書には、腹120目という言葉しかない。
死ぬ直前に「あのときもっと一緒にいておけば良かった」と後悔するほうが嫌だし、許せない。
友人もそうだが、別れ際名残惜しいと思える関係は、誰とでも築けるものではない。
正直、一緒にいて疲れる相手とは遊ばないし、別れ際もあっさり解散するだろう。
だから腹120分目で良いのだ。
付き合っているといつも思うことがある。
この関係が、永遠に続くとは限らない。
役所に届け出を出したわけではないし、契約書を結んだわけでもない。
別れても何事もなかったかのほうに、日常に戻っていかなければならない。
関係が続いて結婚したとしても、人の命には限りがあるのだ。
「今度で良いや」と思って後回しにしてしまったら、その「今度」がいつ来るのかわからない,
だからこそ、今を大事にしたい。
今を全力で楽しみたい。
だから私は、今日も腹120分目。
物足りないほうが丁度良いなんて、誰が決めたのだ。
丁度良いかどうかなど、人に決められずとも自分で決める。
だって、私の人生なのだから。
こんなかっこいいことを言っているが、きっと6時間後の私は、彼の家に泊まる決断をしたことを後悔しているかもしれない。結局、3時間しか寝れなかった。
勢いに任せた行動には、必ずつけが回ってくる。これは言うまでもないだろう。