僕の傘を探しに

26歳OLの雑記

【大失恋】3年前マッチングアプリで出会った俺様男を未だに忘れられない話4

この話は、【大失恋】3年前マッチングアプリで出会った俺様男を未だに忘れられない話3の続きです。過去の記事はこちらからどうぞ。

 

 

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騒がしい伊勢丹の屋上で、Sさんに散々「君は何を考えているのかわからない」と言われ、それに加え仕事とSさんの対応に追われ、次行く場所を調べなければいけない毎日。私のストレスは、もう限界でした。もう何も考えたくない。静かなところに行きたい。でもSさんの機嫌を直さなければいけない。もう、私に残された選択肢は1つしかありませんでした。私は、Sさんに言いました。

 

「なんかもう疲れちゃった。静かなところで休みたい。」

 

休むと言ったSさんはこの意味を察し、私たちは2人でホテルへ向かいました。

ホテルにいる間は、Sさんに君は何を考えているか分からないと言われることもありませんし、とりあえず横にもなれます。また、性的欲求を満たすこともできますし、Sさんにとっても悪い話ではないと思っていました。この日まで、私たちは身体の関係は持っていませんでした。アウトレットのデートのとき、車で少し危うい空気にはなりましたが、それでもキスくらいまでしかしておらず、服を脱いだりすることはありませんでした。

なので、アウトレットの日のことを思い出すと、当時の私はもどかしいような、Sさんにおあずけをくらっているような気がしていました。多分Sさんがすぐ身体の関係にもっていかなかったのは、付き合って日が浅かったのと、私はそういう行為は、かなり親密にならないとできないと話していたからだと思います。自分がそう話していた手前、ホテルに誘うのは少し気が引けましたが、お互いの関係を良くすることができるのであれば、もう他に方法はありませんでした。

Sさんがこの日連れて行ってくれたホテルは、新宿と新大久保の間に位置するホテルなので、今でも新宿からの帰り道に通るんですよね。その度になんとも言えない気分になります。

 

誘いに応じてはくれたものの、Sさんはあまり乗り気ではありませんでした。Sさんは喜ぶと思っていたので、なんだか意外でした。嫌そうでしたが、一応男性がホテルの料金は出すべきだと思うから払うよと言ってくれました。私のわがままで来ることになったんだから、割り勘でよかったのに、Sさんほんとありがとう。

行為中、最初はSさんがリードしようと頑張ってくれていたのですが、最後まではできませんでした。私が痛いのは苦手、今日は最後までできないから、せめてSさんだけでも…という流れで、気付いたら最終的に私がSさんを襲っていました(笑)。Sさんは、普段一緒にいるときは、自分からアクションを起こしていくタイプだったのですが、性行為になると自分から攻めていくよりも、される方が好きだったようです。Sさんは、される側になった途端に喘ぎ声をあげ始め、私はそれを聞いてかつてないほど興奮していました。欲求の赴くまま、Tinderでヤリモク男と遊んできた経験をなんとか活かし、Sさんを全力で悦ばせました。私は男性で、こういう人もいるんだ、なんだか新鮮だな、と思ったのと、Sさんのまだ知らない一面を見ることができてそのときは嬉しく思っていました。Sさんも、積極的な私を見ることができて嬉しかったようです。その日は、良い雰囲気のまま解散したのでした。私の「ホテルで挽回作戦」は無事に成功したのです。

 

ただ、良い雰囲気は長くは続きませんでした。

その後、私たちは麻布十番にあるレストランで一緒にご飯を食べました。

またしてもSさんがお店を決めてくれました。

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Sさんおすすめのオムライス

食べながら、Sさんは突然複業を始めるか、転職するか悩んでいると話し始めました。あんなに仕事が楽しいと言っていたのに。意見が180度変わりすぎて、驚きました。私は、その考え方にあまり賛同できませんでした。Sさんはまだその仕事の経験が浅く、仕事内容をきちんと理解する前に辞めようとしているように思えたからです。でも、今思うとSさんの働いている姿を実際に見たことがなかったので、それは思い込みに過ぎませんでした。ただ、度重なるLINEのやり取り、疲れたから少し距離を置いてほしいと言っても理解できないと言われ、さらに仕事の方でも意見をコロコロ変えるところまで来ました。さらに、アウトレットのデートのとき、Sさんが自分は起業したいから、結婚相手には自分の仕事を将来サポートしてほしいと言っていたことも、すごく引っ掛かっていました。私は、結婚しても家庭だけを自分の居場所にしたくありませんでした。会社勤めでも、なんでも良いからなんらかの方法で夫や、家庭とはまた別に、社会とのつながりを持っていたいと思っていたのです。そう思う理由は自営業を始めた父と、それを当初妻だからという理由で手伝わされていた母がいたからです。母は無償で父の仕事を手伝い、パート等もせず、父をサポートするため家事育児を全て任されていました。でも、父は最終的に母と別れ、自分1人で仕事をする方を選んだのです。母は、1人で働きながら、家事育児をすることになりました。母は、この世代によくいる、数年社会人として働いた後、結婚後仕事を辞めて家事育児をしていた人だったので、仕事のキャリアはほぼなく、仕事探しや新しい仕事に慣れるのにとても苦労し、さらにそれに加えて、家事と育児の両立にも悩まされていました。そんな母を見て育ったので、「結婚後、家庭だけを自分の居場所にするのはリスクが大きい。絶対に家事育児がどんなに大変でも、仕事を辞めない方が自分のためになるはずだ」と思っていました。

 

私の結婚に対する価値観と、Sさんの価値観は完全にずれてしまっているし、Sさんは普段のちょっとしたことだけでなく、何の仕事をするか、という大事な決断すらもコロコロ変えてしまうのか、と驚き、内心私はSさんについていけないと思っていました。というか、今まであんなに仕事にやりがいを感じていると話していたのに、突然どうして転職なんて考えが出てきたんだろう、理解できない、とも思いました。だから、転職、複業を否定してしまったのだと思います。もしSさんを心から信頼し、理解できていたのなら、転職も複業も、応援できていたでしょうから。

 

複業、転職を否定された後からSさんは急に冷たくなりました。Sさんは、私に仕事の口出しをされるのが許せなかったようです。妻に将来自分の仕事を手伝ってほしいと思うなら、こういうの避けられない気はしますけどね。私が理解のない女なだけなのでしょうか。

 

後日、今度は東京と横浜の中間だからという理由で、武蔵小杉のカフェでご飯を食べました。私はSさんがカフェが好きだというので、一緒に次どんなところに行くか相談しようと、東京のカフェが沢山載った雑誌を持ってきて、一緒に見ながら話をしていたのですが、Sさんはなんだか上の空でした。食べ終わり、会計をしようとしたところ、Sさんは会社の経費を仮で払ってしまっていて、まだお金が入ってきておらず、手持ちのお金がない、と言い始めました。Sさんは会社の経費で落としたいから、領収書をもらうように言いました。今考えてもデート代経費で落とすって、ちょっと失礼だと思いますけど…。お金使う価値ない人って思われてますよね、完全に。

 

で、なぜかその後デニーズでパフェを食べに行きました。お金ないなら解散すればいいのに、我ながらよく食べに行ったな、と思います。そこで、また転職、複業の話になり、多分私が否定的な話をしたのでしょう。Sさんは、「もう君とは別れたい。」と切り出しました。ドロドロに溶けた抹茶パフェとSさんの冷めきった表情と、そのときの天国から地獄に落ちたような絶望的な気分は、今でも忘れません。

私は、せめて理由を教えて、と何度も聞きました。Sさんは、「君との話は生産性がないから。」と答えました。意味がよく分からなかったけれど、もう受け入れるしかなさそうでした。ちなみに、付き合ってからここまでは2週間という短い期間でした。私はあっという間に振られてしまったのです。